忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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夜半、怖い時間はもう来ない

レポートを書かなければいけなくてパソコンを開いたので、せっかくだしこちらも相手にしよう。というか、レポートが進まなくなっちゃったから休憩。頭が回らないんだよお。

 

昔、もうそこそこ昔と言ってもいい年数が経過したけれど、昔の私は午前3時がとても怖かった。なぜかその時間に起きていると、とっても消え去りたくなっていた。2時頃になると焦りが顔を覗かせる。ということは、そろそろ不安になってくる時間帯だったわけだ。何もかもが静まり返って、まだ何も動き出していない、無の時間。すとんと穴に嵌まって誰にも気付かれなくなるような、そんな気持ちに怯えてしまう時間。それが昔の私にとっての午前3時だった。

 

だけど今の私にとっての午前3時は、前日の27時に過ぎない。終わらない前日の続き。何もかもが静まり返った時間ではなくて、音のない喧騒が止まない騒々しい時間。怯えている暇があれば、早く前日を終わらせることに全力を尽くさなければならない時間。時間がどこまでも追いかけてくるから、追い付かなければいけない。私と時間のどちらが前を走っていて、どちらが後を追っているのかさっぱり分からないけれど、とりあえず騒々しい時間になってしまった。怖くはない。いや、ある意味怖いけれど、昔感じていたような沁み渡る恐怖心はなくなった。

 

その代わり、と言ってはなんだけど、今の私は日中の時間帯を怖がることが増えたように思う。具体的な時間は分からないし、きっと起きて活動している時間だからこそあんまり特定するべきではないと思う。必ずしも起きているとは限らないし大抵の場合は一人で過ごしている午前3時と違って、日中の時間はかなりの確率で起きているし、誰かといたり、どこかプライベートではない空間にいたりするから、毎日毎日怯えていたら社会生活がまともに送れなくなってしまう。だから厳密に何時かは分からないけれど、今の私は日中のどこかの時間帯が怖い。もしかしたら、かつての私が恐怖心混じりの孤独を午前3時に押しつけていたのと同じように、今の私も何かしらの切迫した感情の責任をどこか日の高い時間帯になすりつけようとしているのかもしれない。あんまり活動的な時間は勘弁してくれよと思うけれど、きっと今の私は活動的な時間だからこそ怯えるのだろう。何だろうなあ。深追いするとよくないような気もする。

 

眠たいけれど、レポートを書きあげずに眠るわけにはいかない。もっと自分を大事にしないといつか後悔するよ、と、自分に言い聞かせる自分もいるのだけど、それなら自分を大事にする前にもっと自分に厳しくならないといけないから、難しいものだなと思います。頑張ろうね私。午後26時、今日はどこまで今日であり続けるのだろう。

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暑い涙目のあの日を今でもたまに思い出す

生きてますよ。お久しぶりです。書こうと思うことは時々あるけれど、やっぱりなかなか書けない。パソコンの前に座ることも何故か減って、言葉をたらたらと書くことが本当に少なくなった。携帯で書くことだってもちろん出来るし、今もそうしているんだけど、何となく感情を整理しにくいし、単純に携帯が古くなってきたせいで動作が悪い。パソコンも最近は動作おかしくなってきて、デバイスの更新を迫られている感じがする。


携帯に関しては、予測変換が出るのがあまり好きではない。日常においては便利だし、言葉を書くという意味ではTwitterやLINEを使う上では大層活用しているんだけど、こういう場で一文字一文字考えたいときには、先回りされているようで、少し不気味な気持ちになる。あと、後々の予測変換として残られるのも、あんまり好きじゃないな。


動作が不安定で、打ち損じが多くて、これを書くのにとても苦労している。頼むから思考のスピードについてきてほしい。打ち込む(とはもう言わないのかな、スワイプの)速度は速い自覚があるけれど、それに文字化がついていってない。


今年はとても体調が悪い。薬を貰わないとやっていけなくて、きっと学部二回生の頃に匹敵する。高校時代とまではいかないかもしれないけど、一番ひどかった時期(一ヶ月ほど前)は当時といい勝負をしたと思う。なんでだろうなあ。要因は思いつくような、思いつかないような。今は自分の機嫌をとるために、可愛いピルケースを探しています。バラバラにせずにバファリンも入るようなケースって意外とあんまりないのよね。ピルケースという名のアクセサリーケースみたいなのが多くて、間の仕切りが邪魔なんだ。


もっとたくさん書きたい気はしているんだけど、これ以上は打ち込むフラストレーションが溜まりすぎる。またパソコンを開いて、きちんと書こう。整理したい感情はたくさんあるの。早くそうしてあげたほうが、きっと身体にもいいな。

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全てから長い時間が経った

いい子に見えていい子じゃない、

いい子でいるのは性に合わない

でも悪い子になりたいわけでもない

いつまでだって宙ぶらりんでいたい

 

寂しいわけでもなくて

きっとどちらかと言えば幸せで

あの子が聞いたらきっと怒るけど

そんな私にしかなれなかった

 

貴方がいなくちゃ私なんて

所詮こんなもんなんだよと

責任転嫁をしたくなる

とんだ言い掛かりだ

 

自分で自分を知っているから

全ての行動に納得がいって

自分で自分が分からないから

全ての行動が理解出来ない

 

大事なものを大事にしたい

それだけで生きたいつもりなのにな

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こうして区分を覚えていくの

逆なら凄く嫌だろうという気持ちはある。そういうの、良くないやろっていう気持ちもある。

仕返しっていう気持ちもあるし、気にすんなよって気持ちもある。


仕方ないじゃんとか、言ったんだから許してよとか、色々と頭を巡る。本当に悪気というか悪い企みが一切ないらこそ。

こういう気持ちだったのかなあ、当時。

そうでもないのかなあ。

わからないや、あんまりしたことのない冒険だから。


それさえ気にしなければ楽しみなんだけどなあ。

許してくれるといいなあ。

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確かに貴方とあの子の音は形が違ったの

大抵の人には音の形は見えないということを、この歳になって知りました。どんな音でもってわけじゃないけど、結構色んな音を形とか感触として認識してたから、他の人はそうじゃないってことを、本当に先週くらい、ごく最近知りました。共感覚っていうやつじゃない?って友達に教えてもらった。調べてみたら、しっくりくる事項がいくつか。味も動きとか形が分かるんだよね。味の説明とか音の説明が伝わらないなあ、とはずっと思ってた。感知の仕方がちょっと違ったんだ。残念ながら音を色で見てるわけでも、音程を見分けられるわけでもないから、音感には繋がらなかったけど。だから吹奏楽時代に、そんなに活かせていたわけでもないんだけど。

 

コミュ力がない、人見知りだ、という友達からよく羨ましがられる程に、私は初対面の人とも話せるし、そういう面ではほとんど物怖じしない。人と交流することがめちゃくちゃ好きとは言い難いけど(人間嫌いだし)、でも人見知りとは縁遠いところで生きてきた。小さいときから。それはこれまで私を支えてきた一つの特長だと思う。今、狭い、コネ(人脈と言いなさい、と母には言われた)がモノを言う世界に生きていると余計に感じる。昔に比べて感情を顔に声に出すのも上手くなってきた。そうしたら、上の先生方が可愛がってくれて、中堅どころの先生方にも紹介して下さるから、人脈が広がっていく。ありがたい話。

 

ただ、そういうことを繰り返していると、だんだん自信がなくなっていく。私は媚びへつらってるだけのしょーもないガキになってないだろうか。中身のない、外面だけの馬鹿になってないだろうか。地位が欲しくて、名誉が欲しくて、成りあがりたくて、それだけでごまをするような人間になってないだろうか。それが怖くなってくる。そんなことはないよ、と、あくまでも良い研究者になりたいだけなんだ、と。面白いことが思いつくようになりたい、面白いことが思いついたら共有したい。その気持ちをどこかに置き去りにしてるんじゃないか、なんて不安になる。私はそんな奴じゃない、そんな奴らと一緒にしないで、と首をぶんぶん左右に振りたくなるけれど、でも、でも、本当にそうなの?と聞かれたら、自信がなくなってしまう。

 

たまたま私の指導教官が業界トップクラスの人だっただけ。私の先生と仲がいい方も、そりゃ最上位の方だっただけ。たまたまそういう方に好かれる性格だっただけ。たまたま知らない方とも話せるだけで、失礼無く明るい表情をする方法を身につけてきただけ。たまたま表舞台に立つことが嫌いじゃなかっただけ。たまたま論文を書くことも好きだっただけ。たまたま思いついたらすぐに誰かに言いたくなるタイプだっただけ。本当に、全てが偶然なんだよと言い訳したくなる。私が媚びて媚びて手に入れたものなんかじゃないよ、偶然にも環境にひどく恵まれていただけなのと言いたいの。何でそんなことになったのって言われたって、仕方ないじゃないって。

 

中身が伴うようになれば気にしなくてもいいことなんだけどね。中身が伴っている自信がつけば、こんなしょーもない心配なんてしなくてもいいんだろうけどね。全然出来ないのに、出来る子のように扱ってもらえて、出来る子のように売りだしてもらって、それがだんだん普通になっていって…とても怖いの。本当は。こんなに贅沢な悩み、人にはそうそう言えない。ありがたい話をもらうたびに、嬉しいとともに心が重くなる。育てばいいんだろうけど、なかなか力がついてる感覚が湧かない。

 

今年もこんな時期になったんだなあ。環境がころころと変わる。またお話ししたいなあ。私をそっと肯定してくれる、五月晴れの日差しに会いたい。

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遠くの山までよく見える日和

気を付けないと気が狂ってしまうんじゃないかと思うこともあるのだけど、ここで無理してでも頑張ってこそ手に入るものがあるはず、とも思う。力加減が難しくて、下手。休憩するのも頑張るのも、下手。難しい。


価値観の問題なんだと、随分先輩にあたる先生は仰った。先生の話にふんふんと相槌は打ったけれど、きっと私は先生が忌避されるタイプの人間だ。なんで女に生まれちゃったんだろうなあ。そう思うことは昔から時々あったけど、だんだんそれが社会的なコンテクストで感じられるようになってきた。よくある分類で言えば、セックスではなくてジェンダーとして、なんで女に生まれたんだろう、って。別に肉体としての女には馴染みもあるし、そんなに嫌だとは思わないけれど、社会の一員として女性であることを求められるのは相変わらず好きじゃない。


そうだな、そういうことも考え始めると、殊更時間がない。あると言えばあるだろうし、どこまでも引き伸ばすことだって出来る。でも、引き伸ばすことを求めないなら、引き伸ばすことを嫌がるのであれば、それはつまり時間がないということ。


しんどいなあ。生活リズムが狂ってしまっているからなあ。太陽光を浴びて、歩いて、人間らしい生活を送るしかないなあ。


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指先がついつい震えてしまうの弱虫は

不甲斐ないなあ、腑抜けてる場合じゃないなあ。思わず落ち込んでしまうくらい、打たれ弱いんだよなあ。頑張らないといけないなあ。頑張ってなくて成果が出るわけがないんだよ。そりゃそうだよ。それでも、どこか自分の能力を過信しちゃうんだよな。上手く出来ないものをどれもこれも誤魔化してきたわけだけど、もう誤魔化せない土俵まで辿りついたんだ。それを分かってないわけではなかったけれど、本当の意味では理解できていなかったんだろう。しっかりしなね、私。不甲斐ない、情けない。しっかりね。

 

褒められることが多かった。それは私の人生の大部分を占める記憶。だけど、それはどこか「○○なのに」というのが付きまとっていたのかもしれない。一人前として扱われるようになると、逆説的だけど、一人前じゃないことがばれるんだよね。はあ。元気出して頑張らないとって思うよ。でも、へこたれてる。へこたれ慣れてない。歯食いしばって立たなきゃって思うのに、膝が震えてしまう。

 

優しいことを言われたい。甘いことを言われたい。甘い言葉を真実だと思いこんでいたい。そうやって自分の中の自惚れを育ててきたけど、ここで芽を摘まなくちゃ。しっかりと摘んで、そこにきちんと育つものを植えなくちゃ。情けないなあ。言葉は私の武器だと思っていたのに、それを指摘されたからっていうのもあるんだろうなあ。怖いんだろうなあ。

 

とりあえず、こうやって年度が始まっていくんだものね。踏ん張っていこう。謙虚に、謙虚に。

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触れ合う肘の遠い距離

いつもそう。好きなものが増えると、少し不安定な気持ちになる。それは多分、その何かが心のどこかに響くから。だから好きになるし、だから不安定になる。それは仕方がないことなんだけど、その響き方が強烈であればあるほど、私は乗っ取られてしまう。昔から変わらない、感情移入の濃度。このパターンを自覚して、耐えようとすることが出来るようになっただけ、少し成長はしているのかしら。

 

本当は自分から距離の遠いものを好きになれればいいと思うの。そういう友達もたくさんいる。どう考えても自分と関連のないものを好きになって、自分とは切り離した存在として愛でる友達は多い。というか、そっちの方が多いのかな。私はそれがあんまり得意じゃない。何かしらの自分との接点があるものが好きなことが多いし、もし接点がなければ接点をどこかから強引にでも見出してしまいがち。この傾向は、きっと昔、自分の言葉で自分が思うように感情を昇華出来なくて、何かに感情を憑依させて客観的に眺めようとしていた頃の名残。今は寧ろ、その外側の何かを自分に憑依させてしまうけれど。

 

たくさんの言葉を自分の中で死なせていったの。そんな時代を経ての今だから、なかなか娯楽は娯楽だと思って楽しめない。たくさんの、一つ一つは小さな、簡単な言葉たちが私の中で死んでいった。その棺のようにして、綺麗な表現だとか泣けるお話だとか、そういうものに感情をくるんで、いつも泣きながら見送っていたの。娯楽は葬儀だったし、浄化だった。今でも、何かを見たときに受容したものと、自分自身から自発的に湧きあがる感情を切り離せない。それらは二つで一つだったから。

 

テンション低く、暗く書いているけれど、結局のところは好きなものというかジャンルみたいなもんが増えて、それに取り付かれていて何とも気持ちが引き摺られているよ、っていうだけの話。上手な切り替えが出来ないんだなあ、これが。人間やり始めてそこそこ時間も経ってきたけど、いつまで経っても人間するのが上手になれない。

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ふわふわオムレツを貴方の舌でぐちゃぐちゃにして

現実と妄想を混ぜてはいけません、

って、よくある台詞なんだけど

それが出来たら困りません、

って、私はよく思っている

 

ここまで駄目だったっけ私?

ぐちゃぐちゃになってしまって

卵と鶏はどちらが先?

好きなものを欲するのか

欲するものを好きになるのか

 

どれだけいい子になったって、

見えない根っこが悪い子なの

まだ指が動いていないわ

まだ、今回はまだ

 

あっちにもこっちにもなれる

それって脳を揺さぶるけど

どうしても満たされないね

寂しい気持ちしか残らない

 

悲しい気持ちも心地よさも

全部全部追体験しちゃうの

好きと私を切り離せなくて

どんどん身体が内側に飲みこまれていく

壊れていく、崩れていく

 

この気持ちの満たし方、

私は未だに分からない

つまらない他人になって

つまらない他人と会って

つまらない関係結んで

つまらない終わりを選べばいいの?

 

幼い頃の脳の痺れが

未だに身体を駆け巡る

あの素直な気持ちはどこに行ったの?

いつか帰って来てくれるの?

 

不安がいっぱいで手を離せない

そんな我儘な私を許して

旅はまだ続いているの

許して、ごめんね、許して

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華やかな光が似合う影

なんだかむしゃくしゃする。理由はよおく理解している。

 

気持ちの折り合いを付けることに苦労している。私はありがたいお話を頂いて、それは大嫌いな人から奪い取った機会で。奪い取ったって言っても、公正なやり取りに基づくもので、決して悪いことではなかったけど、相手が嫌いだからどうしてもそういう認識をしていた。このお話を受けることは、捉え方によっては私を優秀な人間に仕立て上げるものでもあった。だから、私は公正に奪い取ったこの権利を、まるで初めから自分一人に純粋に寄与されたもののように思いこんでしまわないよう、自分を律することが必要だった。そう律することが必要な時点で、どこかで思いこみは始まっている。それにも薄々、気付いてはいたけれど。

 

昨日知ったんだ。大嫌いな相手も、別の場面でありがたいお話を頂いていたようで、言うなれば立場として並んだようだ。何なら、これまた偶然ではあるのだろうけど、相手の方が良い条件でお話を頂いている。そう、我々二人に起きたことはどちらもイレギュラーというべき幸運であって、そしてどちらがどちらの話を受けることになるかというのも偶然によって決まっている。だから、この件に関して、私と相手との優劣は一切関係ない。

 

……というのも、よおく理解しているのだけど、気持ちの折り合いはなかなかつかない。自分が優秀だから、相手よりも優れた立場に恵まれる、という、ありもしない幻想にどうしても自分の意識を巻き込んでしまっていた。若干の罪悪感もあったから(それを感じる必要もどこにもなかったけれど)、ほっとした気持ちもあった。純粋に、よかったね、と思う気持ちも無かったわけではない。ただ、もやもやしてしまっているのは、ちっとも否定出来ない。自分の自己肯定を外部に委託する癖が抜けなくて、それを取り上げられた気持ちになってしまうのかもしれない。それに、感情として大嫌いな相手だから、能力も自分よりずっと低いと思いたくて、同じ立場に並んでしまうことに抵抗があるのかもしれない。同じ立場っていうか、何なら下位なのかな。ほら、そんなことばかり。

 

何度でも言うけれど、これはどちらも純粋な偶然。強いて言うなら双方ともにある程度の能力を認められたがゆえに起きたこと。それはまあ、我々の能力というよりも、指導教官の能力だと言うべきかもしれないけれど。だから、こんな風に妬んでいる自分を浅ましく思うし、恥ずべきとも思う。同じ立場について、お互い頑張っていこうぜと思うべきだろうし、お前には負けないと思うべきだと。悲しい、こうして自分も恵まれた環境にあるのに、人を妬み、蔑みたい気持ちが満たされないと不機嫌になってしまう自分が。

 

これは結局、仲の良い、信頼のおける人物ではなくて、大嫌いな人が相手だから起きている感情だとは思う。まだ、大嫌いな人が幸せになって手放しで喜べるところまでは来ていないんだろうな、人間として。自分の特権性の保持欲求と、相手の幸せを厭わしく思う気持ち。これが混ざって私を襲ってくる。

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