忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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それは白昼に

悩んでばかりの時間帯もあるし、悩むほどの元気がない時間帯もあるし、どっちでもいいやと思う/思える時間帯もある。色んなことが移り変わっていくけれど、これまでにも色んなことが移り変わってきたんだなと思うと、それもまた仕方がないことだ。

 

買ったばかりのタンザナイトの指輪はキラキラ光って、嬉しくてどこにでも着けて行ってしまう。私の新たなお守りになってほしい。何かに守られていないと安心できないから。たくさんの、私を守る拠り所は、どういう思いで与えられてきたのだろう。そういえば、そこの心変わりが透けて見えたときに、とても悲しく思ったことを鮮明に覚えているなあ。物質的な未来の可能性を突き付けられて、それは酷く無機質で、血の通わない永遠だったから。そんなものを貰うくらいなら、今のほうがよかったんじゃないかと自分に言い聞かせる夜もまた、ある。

 

自分のした選択が間違っていたとは思わない。とっても正しかったと思う。あのときにできた最良の選択だったし、今でももし冷静でいられたなら同じことを選ぶだろう。血の通った温かい手を包んでいたい。温かい体に抱き締められていたい。そうでないのであれば、それはいらない。泣いて喚いて手に入るものよりも、笑顔で手に取れるものがいい。それはもちろん、プライドの問題でもある。私が私を許してやれなくなる。そんなことをして、慈悲を得て、それはきっと私が私を許せなくなるから。きっと、今よりももっと酷い状態に陥ったと思うから。見ていない未来だから全ては推測の域を出ないけれど、ある程度の確信を持ってそう言える。

 

キラキラ光る指輪を盗み見する親友の目線には、何となく気付いていた。何となく話の流れとしてそれを見せびらかすタイミングを逃して、後になってこれが何なのか伝えたら、触れていいのか分からなかったと言われた。いいに決まってるでしょと思うのだけど、どういう問題が発生し得たと言うんだろう。戻ってもいないし、誰か他の人がいるわけでもない。そこには踏み込まない程度の距離を保ってくれる、近しい親友。言うまでは何もかも待っていてくれるからありがたいな。私が私のために用意したお守りだよ。聞いてくれても大丈夫だよ。どういう問題が発生し得るか彼女にも分からなかったからそういう躊躇をしたのかもしれないね。何も怖くない。何かがここにいてくれると安心するから、自分を大事にするための、ちょっとした贅沢だよ。

 

このキラキラに、彼は気付いただろうか。気付いていないわけはないと思う。気付いていないとしたら、本当に何も見えていないんだろう。日焼け止めを塗る度に外して着け直す、大切な指輪。ほんの半年前までは似た色をした別の指輪にしていた扱い。あれよりもキラキラと光る、真新しい、石のついた指輪。どう思っただろう。我慢できずに見せびらかすべく種明かししたときに、今初めて気付いたかのような反応をされたけれど、どうだったんだろう。本当に気付かなかったんだろうか。気付いてもらうために着けていたわけではないけれど、そういうわけではないけれど。でもこれは、私なりに前に進むための一歩だから。その先に誰がいるのか、誰かがいるのか、そんなことは全く分からないけれど、少なくともどうにか私自身はそこにいるように。

 

タンザニアの夜の空の色。初めて聞いたという石の色。光の当たり方によって微かに色を変えるこの石は、あなたの目にはどう映っただろう。小さな小さな石なのに、あの炎天下、とても大きく胸を張るように輝いていた。

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天気の揺れる夏の昼を隣で

こんなに書いているのはきっと、語りたいことについて語るべき場所がここでしかないからだ。適切な場所がここだからだ。短い途切れ途切れの言葉よりも、ひとまとまりの雑多な気持ちを遠慮もなく吐き出せる場がここだからだ。醜い感情も美化して、美しい言葉に変えて、そうしている自分自身と向き合っていくために必要な場。

 

好きだったんだと思う。夢の中で、ここ何年にも渡って一番仲が良かった人だと呼んでいた言葉に一切の嘘はないと思う。そこまで適切な表現が夢の中の自分から出るとは思わなかった。友達にはなれないタイプなのに、一番の親友だったと。私はきっと、パートナーと呼ぶべき存在にそういう要素を強く求めるようになっているんだ。だから、結婚なんてしたくなかったけど、「あなたとなら」結婚してもいいと思ったんだと思う。過度に親密な親友というのが私にとっての恋愛の近似値なんだろう。それがあなただった。楽しいことを共有できる存在は私にはあまり多くない。それは単に、私が人と楽しいことを共有することに抵抗があるというか、自分の好きや楽しいを誰かと共有することが得意ではないからなんだけど、あなたの前でなら自分の好きなものについていくらでも(まあもちろん語れないものもないわけではないけど)語っていられた。共通するものも、共通しないものも。共通しないものについて語れる人なんて、今までの人生にいたかな。今の私は昔の私よりも好きなものの話を人にすることが出来るようになったけど、それはきっと彼が教えてくれたからだと思う、私が何を好きでも構わないということを。

 

そのままの私を受け入れてくれていたのかもしれない。嫌だと思うこともあっただろう。それはそれはいっぱいあっただろう。でも、こんなに問題だらけの私を、いらないと思う理由ならいくらでも用意できる私のことを、受け入れてくれていたのだと思う。それがもし恋愛ではなくなったとしても、人としては好きだと言ってくれることを大事にしなくちゃいけない。開いた世界がたくさんある。大丈夫だと思わせてくれたこともたくさんある。私にとって外の世界への一つの判断基準だった。受け入れてもらえないのが怖くて言えなかったものも何度もあったけれど、それはそれだけhe mattered a lot to meっていう話なんだよね。今は、語れる。皮肉なことに。もう失いなおすことがないと、思おうとしているから。まだ失う余地があることを直視しないように自分に仕向けているから。

 

今の関係性は、友人たちには叱られるけれど、心地よいの。駄目だと、はっきりさせたほうがいいと、そんなのじゃ前に進めないと、言われてしまうけれど。それは何も間違っていないとは分かっているけれど。でも、今はまだ前に進みたくないんだ。後ろに戻ろうとも思わないけど、言いたい文句もいっぱいあるけど、でもここにいたい。しばらくは。だってあんなに長い時間、その環境にいたんだもの。嫌になって離れたんじゃない、嫌いになったんじゃない。そうじゃなくて、……そうじゃないから。そうじゃなくてどうなのか、まだよく分かっていないけど。自分自身がどうしたいのかまだ考えていたい。まだ向こうがどういう風に物事を捉えているのか観察していたい。太陽に照らされた甘ったるいぬるま湯の中で、ぼんやりしていたい。冬になってこの水が凍ったときになって初めて考えたい。

 

あんまりにも共有してきた時間が長くて、ただの友達にはなれないなと思う。距離感がやっぱり。何も変わらなかったなと思う側面もある。それが嬉しくもあり、悲しくもある。友達として一緒に時間を過ごしても何も行動が変わらないということを、体感してしまった。でもあなた、それ普通の異性の友人にも同じことをするの? と思うこともたくさんある。逆に、同性の友人にも同じことをするの? とも思うし。私には私だけの場所があるんだろうなと思ったけれど、それを彼がどうラベリングしているのかは私にはまだ分からない。ラベリングなんてしようとするからいけないのかもしれないね。私は私で、彼は彼で、他の人は他の人で。それ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。分からない。一般名詞的な呼び名がないのは、ほんの少し、不便。

 

手を繋がなくなった。会う頻度が、連絡の頻度が、格段に減った。キスもしないし、腕に触れることもない。それ以上の親密な接触は元からあんまりなかった。二人きりで過ごすことはなくなった。二人きりで出かけることはある、というか、出かけるとして他に共通して誘うべき人がいないし。でも、空間的に二人になることは選ばなくなった。私自身の警戒心の問題もあるけれど、そりゃそうでしょと思うしね。でも、それ以外はあんまり変わらない。同じお味噌汁を啜れる。顔を寄せ合って小さな画面を覗き込める。同じ胡瓜を齧って、無防備に隣で寝落ちることもできる。親密すぎる親友だ。それは私にとって、恋愛の近似値だったし、きっとそうであり続ける。

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夏の盛りを越える頃

Yeah I know it's completely ridiculous to be upset about these kinds of things. It's almost even disgusting. でもさあ、だって、そこそこ心を寄せたものだからさあ。拠り所にまでしてはいけないと思いつつ、しんどいときはついね。楽しいものがないときに楽しいほとんど唯一のものだったからね。それは、まあどうしても心が落ち着かないよね。I might have to give it time again. It's not easy to admit but maybe it has something to do with my state right now. 

 

色んなもしもを手元に並べているときが、一番楽しい。時間とともにそれを一つずつ取り上げられてしまうような気がして、悲しい。実際は一つ失ってもまたいくつも手に入るんだけど、その数は無限なんだんけど、でも確かにそこにあったはずのものが無くなるのはいつだって悲しい。悲しいというか、寂しいのほうが近いかな。その二つは、方向性としては結構似てるんだけど、ちょっと違うよね。Sadness is more about myself. It's more about missing something. The sense of lacking what there used to be. 

 

でも結局のところ、分かち合えるということが大事なのかなと思ったりもする。分かち合うというのは、別々の個体である以上は完全には達成されないけれど、でも「分かってもらえている」という気持ちを抱けることが大事なんじゃないかなあって。それは、I guess, something that I used to have, too. Yes, that let me come through a lot of hardship. The feeling that somebody, a significant other, understands you. それが抱ける相手がいるのならそれは幸せなことだし、それは自ずと特別な関係として見なされるようになると思う。Sometimes it might be romantic, sometimes it might not be. In some cases, it can't be. Still. たくさんの愛と理解に囲まれているのであれば、そしてそういう風に本人が知覚しているのであれば、それは幸せなことだと思う。

 

That one feeling you know when you lose someone. That you can love and feel attached to them. That you have someone who means a lot to you. I believe that is a good thing. No matter how hard it is. I believe it is a good thing.

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I'm wondering if I should have some coffee ice or not

I guess I haven't got over it yet. 時間がかかるというのは分かり切っていたことだし、長い時間をかけて作ったものを壊せば、それを整理しなおすのにはそれまたそこそこ時間がかかるに決まっている。分かり切ったことだったね。なんだけどね。まあ、そのチャンスをちょっと奪われてた感じはしないでもないけど、まあ。そのうち。そのうち何らかの方向に物事は動くと思う。Nothing can stay forever stable.

 

感情と理性がまだ噛み合ってないんだよな。どっちの意見を採用するべきか、多分本当のところでは決めきれてない。相反する感情が同居してて、どうしたらいいかなあって思ってる。Pleasure, there is. Unpleasant feelings, there are, too. 難しいところでさ、プラスを増やすことを考えるように生きるべきなのか、マイナスを減らすように生きるべきなのか、迷うね。あと、そうしたラベルを貼るのであれば絶対に必要なことが私の心からは欠けていると思う。It's been eight years. Eight years are enough for some things that seem unchangable to change. I think it was a good, even great, change, but in this context, it's not working so good. 何であるべきなのかをそんなに必死で決めないといけないのかと言われると、誰に強制されてるわけでもないのにねってなるね。私自身がなんだか落ち着かないからさ。それだけのことなんだけど、何かでありたいんだろうな、私は。

 

There was nothing serious, everything was almost like the good old days. Almost, is the key though. When everything is almost the same, the little differences seem so big. It's terrible when you notice that.

 

肘の裏に汗疹が出来てるな。首にも出来てる。夏って大変。楽しいことがないとやってられない。楽しいことをたくさんもたらす人だった。大きな楽しいを無くした私は、この夏をどう暮らすんだろう。それもまた、一つのステップだと思うけど。

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Merrily we go along

Sometimes things get me really sad. I don't know what I'm sad about, but I feel terribly sad. Well, no, I do know what's wrong. The problem is that I don't know what I'm supposed to do about it. Umm, maybe I just have to learn to live with it. This sadness. This sense of loss. I guess it will become a part of me in a while. I'll just have to give it time. Isn't that right?

 

はあ、なんだか気持ちが落ち着かない。落ち着かない理由を定めきれないのが何よりも気持ち悪い。I want more concrete answers. I need a firmer ground to stand on so that I can think. 考えることが趣味で、考えることが防御で、考えることが攻撃。考えることで生きてきたし、これからもそうありたいとは思う。それ以外になれないとも思う。でも、何をどう考えたらいいか分からないというのは、どうにも落ち着かないことだね。

 

座ってばかりいられないから動き出そう。後悔しないようにというのはとても難しいけれど、その判断はずっと未来の私にお願いして、今の私は今を一生懸命生きるしかないね。

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世界で一番暑い時期

I'm not really sure how I'm wanting to feel, and the fact makes me feel really insecure. Oh well.


何かを期待しているわけではない。というと、完全に正解かと言われれば違う。でも、何かを期待しているというのも完全な正解ではない。なんというか、手札が欲しいというのが率直なところだと思う。とても狡賢くて自分でも好きになれない思考ではあるけれど、手札が欲しい。


選んだり決めたりすることが好きでも得意でもない私は、きっとその状況に置かれたらそれも嫌がるだろう。だけど、自分を正しく保てば、自らの言葉で何かを決めなくてはならないんじゃないかなと思う。分からない。それは私の中の予想問答の一つであって、実際の現場では色んなことが起きる。


しっかりすること。嫌なことは嫌だと言うこと。嫌なことを嫌だと言って通じない相手は、そもそも相手にしないこと。優しさだけでは戦えないときもあるし、優しさは人をspoilするだけだったりもする。And of course, face your own faults. You have to make him face HIS own faults, but you have to do that too. And still, at the same time, don't blame yourself for everything. You must have done some things wrong, but that does not derive you of your values. You are loved by many people. If you love them back, don't let them down by letting yourself down.


夏だなあ、暑いなあ。懐かしい季節なのかもしれない。あまり考えすぎずに、そろそろ寝ようね。

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凍り付いたチョコレートが喉に詰まって

そんなの見なければいいのに、ついつい見ちゃって、途端に寂しくなっちゃった。何年も前の私が撮った写真。いつからそれを画像として使っていたんだろう。記憶がある中では、確か違うやつだったはずなのに。いつからそれに戻したんだろう。何を思って。それに私が気付くと思ったのかな。気付きたくなかったな。たまたまいい写真だったからと、そういう理由であってくれたらいいな。悲しくなっちゃうな。

 

きっと違ったんだと自分と話し合う日々なんです。きっとそれはこういう風にいつかなったのだと、あのまま行ってはいけなかったのだと、そういう風に自分が分かっていてくれてるんです。でも、今も、その時も、変わらず思うのは、理性だけで全てを割り切ることは出来ないということ。理性はちゃんと分かってるんです。私の選択は、出来る範囲で最良だったと。あれ以上の選択はきっとなくて、あの状況にしてしっかりと冷静な自分を保てたことは偉いと。でも、感情は揺れる。感情は、ぶれる。すぐ違うことを考えたがる。後悔も、恨みも、怒りも、寂しさも、全て理性の手が届かない感情の奥深くで湧き上がる。その泉の源が見つけられないせいで、なかなか制御が出来ないまますぐに溢れてしまう。

 

このことについて泣くことはほとんどない。泣いてないな、そういえば最近。何につけても泣いてないなと思う。あんまり考えてなかった。泣かないでいる私って、なんだか不思議。乾いてるみたいな感じ。すぐ泣くのにな、落ち込む日もあるし、辛いこともたくさんあるのに、ちっとも泣いてないや。ちょっと泣いてあげたほうがいいかもしれない。泣こうと思って泣けるのかな。

 

忙しい日々だから、毎日思うことはあっても、それ以上悩む余裕はないね。こんなに余裕がないのに、それでも毎日思うあたりが、やっぱり大きな存在だったんだなと思う。今は離れてしまっていることを比較的素直に受け入れられているなと思うんだけど、これから時間が出来る季節になってどう思うかだな。自分の受け入れきれてない様子も含めて周囲に話して周囲に受け入れてもらって、少しずつこの状況に馴染んできたわけだけど、さあて、生身の私がたんまりと時間を与えられたらどういう風に反応するんだろう。

 

明日も早いから、そろそろ寝ようかな。そんなことをこんな時間に言うタイプではないんだけど、まあ。

 

 

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天気がよくないから

頭が痛い。堪らず出先で薬を買って飲んで、まだ痛い。困ったなあ。やっと少しマシになってきたけど、ひどい目にあった。最近は眩暈も治らなくて、地面がぼよぼよと揺れている。軽く揺れてるときは、ああまたか、と思いながらある程度普通に動けるんだけど、急にぐっと揺れが増す瞬間は思わず声も出てしまう。怖い。倒れたりはしないんだけど、なかなかに怖い。

 

色んなことを相変わらず毎日考えていますね。どうするべきなのか。飛びつこうとした結論を反駁しようとする私が交互に現れて、なかなかどこにも落ち着けない。絶対的な正解はないから、どれが一番ベターか。最上級比較級。最もベターなもの。それはベストなの?ちょっと違うんだろうな、言葉って難しい。

 

頭の痛みがなかなか消えない。電車に乗れそうにないので今私はタリーズでパソコンを叩いている。今日はなんだか少しばかり吐き気もする。しんどいね。しんどいよ。体調はよくなくて、でも心は基本的に穏やかで、だから穏やかに暮らしているという評価になる。穏やかかなあ。私としては穏やかなはずなんだよ。考え事をしているというのと穏やかか否かというのは干渉しない派だし。毎日考え事をしていて、薬は増えたり減ったり変わったりして混乱しちゃうけど、別に穏やか離れはしていない。

 

やめたほうがいいよと思う私。やめなくてもいいよと思う私。私が強くなればいいという考え。私が変わる必要なんてないという考え。色んなものが交錯していて、その繋ぎ目たる私は八つ裂きにされたような気持ちだ。私は強くなりたくて、そういう意味ではきっと悪くない環境なんだと思う。でも、強くならなくて済むならならないままでいたいという気もするし。難しいね。いつかもっと傷つくのも怖い。だけど、傷つかないのも難しい。どこにどんな傷をつけるか、と考えながら暮らしていくしかない。無傷じゃいられない。

 

甘すぎる柔らかいクッキーを齧りながら、甘いカフェラテを啜りながら、体調の改善を待ちわびている。心身が思うようにならないのは腹立たしいね。このブログを始めた頃から思ってることだね。変わらないこともある。幸か不幸か。

 

私も、私の愛しい人たちも、後悔しないように暮らしたいなという、ただそれだけのこと。

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美味しいソフトクリームが食べたい

Who knows, I might be sad, I might be lonely, I might be unsatisfied, and hiding it all up to myself.

 

なんかしっくりこない。やらないといけないことは山積みで、それはもちろんきちんと認識しているのに、なかなか重い腰が上げられない。上手くいかないタイプの日々だ。やる気がなかなか出ない。風邪を引いていて、それを治すのにきっとエネルギーを吸い取られているのだろうけど、そうも言ってはいられない。のんびりしてばかりではいけないのに。焦るのに体も心もついてこない。こういうときってどうしたらいいんだろう。何をどうしてあげたら私の体は何かを思い出したように頑張りだしてくれるんだろう。いや、そもそも何を思い出すっていうんだ、元々あまり頑張り屋ではないだろうに。

 

元気が足りないんだと思う。元気が出ないというよりも、出す元気がそもそもない。また月曜日になる。恐ろしいな。疲れたな。体がしんどい。風邪がなかなか治らないから、それまではしばらくしんどいと思う。ようやく夜も少しは眠れるようになってきた。咳がひどくて眠れなかったんだ。思考力も落ちるし、自己肯定感も、何もかも。でもそこで立ち止まってしまったら本当に動けなくなってしまうから、何とか自分のお尻を叩いて少しでも前進させてやらなくちゃ。現実的に言って、そんなに仕事を休み続けるわけにもいかないし。

 

You weren't here when I needed you.

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階段を一段飛ばしで駆け降りる兎を追って

日によって気持ちのブレがあることは仕方がない。今日はなんだか切ない。言葉が途切れたとき、その隙間が怖い。会えない向こう側でどんなふうに思って、どんなふうに過ごしているのか想像しては、ちっとも訪れない答え合わせをずっと待っている。待っているのかな。本当に待っているのかな。怯えているだけかもしれない。だから、脳内で想定問答を繰り返す。もし、私と同じように思っていてくれたら。もし、もう私のことなんて忘れてしまっていたら。

 

情けないなと思うけれど、考えない日はない。でも、もしかしたら情けなくないかも。だって何年も毎日欠かさず、少しはあなたのことを考えてきた。血の繋がらない人間の中で、誰よりも長い間、あなたを一番大事な人として考えてきたのだから、そりゃそんなにすぐには気持ちは変わらないような気もする。自分を肯定する。あなたを大事に思っていた自分を肯定する。あなたを大事に思っている自分を肯定する。あなたに幸せになってほしいと思っているし、そこに私がいていいなら、今はまだ、そこにいたいなと思う。それが今後変わっていくのか変わらないのかは、今の私にはまだ分からない。

 

私のことを、どんなふうに思っていますか。もう嫌になりましたか、私がいない生活には慣れましたか、どこかで寂しさは感じていませんか。強がりや建前なしで、剥き出しの言葉を聞きたい。皮膚の奥にある肉に爪を立てるように、思い切り内側を抉ってほしい。それがどんな言葉であっても、どれほど傷ついたとしても、それを本物の感情として受け止めたいから。私も同じように出来たらいいなと思う。私も、強がりも何もかも捨てて、裸の感情を、しっかりと爪を立てて、投げつけたい。出来ることならば。そう出来るならいいのにな。

 

賢くて愚かな私たちは、格好悪いことを大層嫌うから、困ったね。もっともっと、情けなくなりたい。情けない姿を晒して、強くなりたい。甘えることを知りたい、そしてそれと背中合わせに、甘えを受け止めることを知りたい。優しくない私をもっと。優しくないあなたをもっと。

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