忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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2.額の上には友情のキスを

私は貴方の髪が大好きだった。
人目見たときにその夢のような煌きに心を奪われた覚えがある。少し色素が薄くて、緩やかな癖のあるその柔らかい髪。ここにある安らぎの証だと思った。きっと貴方はその髪でそっと私を引き寄せた。

前髪を切りすぎた過去の笑い話を聞いた。照れた苦笑いをする目元を伸びた現在の前髪が覆っていた。少し荒れた額を隠すそれは、一時前の輝きをどこかに潜めて、貴方の小さな憂鬱を象徴していた。きらきらと笑いながら、走り出して後ろへ流れた髪は、ただ風も無い曇天に沈んだ。空が泣くか貴方が降るか、どちらが先でも私は驚かなかった。それでも貴方はうっそりと笑顔であり続けた。それは結果的に私を悲しませて、今でも忘れられない記憶となっている。

形の綺麗な小さな頭越しに見た夕日は、柔らかな赤だった。何事もわからずにただ戸惑いながら笑っていたあの頃と同じような色だった。不安を見せたらいけないと必死な私に、確かな安らぎをくれたのは貴方の存在だった。貴方の前で、ありのまま以外の姿でいることの方がずっと難しかった。走り回る楽しさも、人といる幸せも、新たな世界の恐怖も、貴方といると安心して受け入れられた。泣くことも笑うことも、貴方が誰よりも教えてくれた。泣く貴方を抱きしめることが出来るようになったのは、まず貴方を知ることが出来たからだ。

泣くときも笑うときも、私は貴方の傍にいる。少し背の高い貴方へ背伸びをして、長くなった前髪を掻き分けて。大切な貴方の温かくまあるい額へ、友情のキスを。

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1.手の上には尊敬のキスを
私は貴方の手が大好きだった。
実を言うと、貴方の事を愛したきっかけはその手だ。私に魔法をかけたその手。あの夕焼けの空気を静かな舞踏会に変えた貴方の手。きっと幼い貴方は気づいていなかっただろうし、今も真の意味を知らずにいるだろう。同じくまだ幼い私は、それでも、その手に恋をした。

最初が左手なのか右手なのかは覚えていないし、知らない。探そうと思えば見つけられるだろうけれど、それをあえてしないのは、あれは私と貴方の夕暮れで、決して誰かに邪魔されたくないからだ。私はそうなる事を望んであの時間までいたわけでは決してないが、結果論的な事を言うと、時計の針が進むたびに私は貴方の魔法にかかるまでの人生を削って、かかってからの人生を待ちかまえていたことになる。そこから新たに動き始めた秒針は今何周しているのだろう。きっと最早未知数だ。

あの後貴方はどうなったのだろう。でもあの笑顔、横顔は、私の定かではない記憶にひとつの答えを生む。どうか今からでも素直な祝福を。貴方の事を愛し始めたあの日にどうか祝福を。痛んだ左足を引きずりながら、絡み合う時針と分針を睨み付けていたあの日の私は貴方の魔法にかかる事をどこかで予期していたのだろうか。一人で抱え込んでいたカウントダウンは決して短い時間では無かった。友は去り、貴方は戦いに旅立ち、勝手に孤独に立ち向かう私は何を思っていたのだろう。今もあまり変わっていない私はそれでも、幼かったから故の直向きさで貴方に好意を抱いていた。すべてを壊し産んだ、一つの半音まで。

今でも同じ悩みでバランスをとろうとしているのだろうか。私に多大な夢を見させた貴方の冷たい手。私の愛した貴方の魔法の両手へ、尊敬のキスを。
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ブルースカイ 1
空の色を携えた
私の生意気な天使達が
今日も幸せに生きていけますように
そう願って私も生きるから

昨日からお世話になっている病室の中を散歩していたら、小さな落書きを発見した。部屋の入り口から見て奥の壁の隅。鉛筆か何かの薄い文字で書いてあったのは、意味がよくわからない四行の言葉だった。若い字、女性の字だった。

ちょっと高い熱を出して入院するはめになった。折角の連休なのに友達と遊べるわけでもなくて、ただ寝とけというのは、女子中学生には酷なものだ。先輩の目も先生の目も気にしなくていい。鬱陶しい後輩に会う事もない。そんな素敵な連休なのに。
身体が怠いから謎の四行から離れてベッドに横たわる。一分くらいしたら看護婦さんが来た。若くて、完璧とは言えなくてもそこそこ美人な看護婦。顔に合わず、ハスキーな声で色々話してくれる。面白くて少し気に入った。
折角だから、今の発見について少し聞いてみようかと想った。

「ねえ」
「どうしたの、大岡さん」
「さっきさあ・・・」
「何?何かあった?」
「いや・・・ねえ、前にここの部屋使ってた人ってどんな人?」

看護婦さんは一瞬上を向いて、ああ、と言って笑った。

「高校2年生の女の子だった。すごく可愛くて良い子」
「えー、そんなに若い人が入院?」
「大岡さんの方が若いでしょ」
「そうなんだけど」

「その子、どうしたんですか?」
「んー、まあ、ちょっと病気があってね。今は違う病院に行ったはずよ」
「そうなんだ・・・」

私の前にここを使っていた女子高生があの落書きを残したんだろうか。確かに文字から推測する年齢は大体そんなもんだ。でも、高校2年生の女の子とあの文章が上手く噛み合わない。「空の色」?「生意気な天使達」?どういう意味なのか、ますます不思議だった。

看護婦さんはお隣さんの検温をしにいかないといけないからと言って部屋を出ていった。私は一人で白い天井を見つめながら考えていた。

明日お見舞いに行くよ、と友達からメールが来ていたのに気付かなかった。
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くまのペンダント 1
「真夜中のベルを鳴らせ」
彼は電話越しにそれを繰り返した。どういう意味か聞き返しても同じ事ばかり言う。8回目に聞き返そうとした時に向こう側で大きな音がして電話が切れた。唖然として携帯を眺めるとそこには彼に買ってもらったくまのストラップだけが揺れていた。

彼は昔から不思議な人だった。
普段は普通の、少し大人しい男だった。一斉に飛び立つ鳩に驚いて私に笑われたり、隣で寝顔があどけなかったり、幼い一面もたくさん残っていた。しかし彼ももう17歳の男であって、男の子と表現するのには少し違和感がある場面が日に日に増していた。
その彼は11歳の時にいきなり、今回のように、同じ言葉ばかり繰り返して言う事があった。それも、意味が分からない言葉を。そうして私の元に連れられてきた。私は当時彼の近所に住んでいて、心理学の勉強をしていた大学生だった。もう6年のつきあいになるが、こういう発作的なものは4回しか見たことがない。今回が5回目になる。今までは実際に目の前で起きていた事で、宥めながら時が過ぎるのを待つことができた。今回は電話越し、彼がどこにいるのかもわからずに、かかってきた電話が切れた瞬間に手がかりは途切れた。不思議な彼の、非常事態のように感じた。

出会った当時大学2年生だった私は、浪人していた為に周りより一つ年上の21歳だった。つまり彼とは10歳差が開いている。今は彼が17歳なので自分が27歳―というのも、私は自分の歳を覚えているのが億劫で仕方ない―という事がわかる。無事に卒業したものの、そこから心理学に関連する職についたわけでもなく、彼の保護者補佐のような感じで生きている。彼の両親は共働きで家におらず、私はいわば彼のベビーシッターのようなものだ。17歳にもなった男に対してベビーシッターという表現はいかがなものか、自分でも日々苦笑している。
もう高校生なので、彼はだいぶ自由にやっている。週末には友達とカラオケに行ったり、テスト前には塾で勉強したり、何ら高校生として間違いの無い毎日だと感じる。彼女の存在について聞いてみると顔を真っ赤にして「先生がいるからそれで十分です」と言った(先生とは私の事らしい)。今日も買い物に行くと言って家を出ていった所だった。

外出先で発作が出るのは初めてではない。でもいつだって私が隣にいた。今回は彼が初めて一人で迎えた発作。こちらが不安になる。
幼い頃は発作を起こしたら呼吸が苦しくなったりする事もあったが、成長するにつれてそれは無くなった。少しフラフラしてはいるものの、体調的には至って普通の状態のように見える。ただ、精神的にやはりエネルギーが無駄に使われるもののようで、泣き出したり癇癪を起こしたりすることがある。万引きしそうになったところを止めた事もある。それは前回の発作、10ヶ月前の事だ。
原因がわかれば良いのだが、私にはわからない。精神科に診てもらうことも勧めたが、彼は発作時以外に異常が認められず、連れて行くことを困難と判断した。仕方なく私の保護のもとで見守って6年間やり過ごしてきたが、今回は勝手が違う。彼がどこにいるのか、今何をしているのかがわからない。10も歳の離れた男と一緒に遊んでいるわけではないので、彼が友達などとどこで過ごしているのかもわからない。友達の連絡先も私は知らない。知っていたところで、「発作が起きた」などと言ってわかるものだろうか。

そう考えると、私は彼の事を案外知らないものだと気がついた。名前や住所、顔、血液型、知っているのはそういう基本知識と、彼が話してくれる日常だけだ。ヨッチャンとセイマという友達がいて、彼らは彼女がいて・・・そんな事を教えてくれるなら彼らの連絡先だって教えてくれていたら良かったのに。
さっきから何度も彼に電話をかけている。一度も出てくれない。それとも出れないのか。

「真夜中のベルを鳴らせ」
その意味を知ることが出来ずに私は部屋の中で携帯のくまを揺らしている。
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流れない星のような 1
小さい頃、お弁当に入ってる林檎が嫌いだった。
母がせっせと作ったうさぎさんの林檎も、私に食べられる頃になると変色してしんなりして、なんだか食べるのがますます可哀想になってしまっていた。周りの友達が「うさぎさん良いなあ」とか言っている横で本人である私は食べるのを躊躇していた。いかにもぬるい、変色した「うさぎさん」は早く食べてあげないともっと可哀想になりそうだったけど、そう思えば思うほど食べたくなくなった。結局友達にプレゼントした挙げ句、幼稚園に迎えに来た母に、もう入れないでと注文した覚えがある。
私は昔から自分の思い通りにいくまで我が儘を言い続け、叶ったら叶ったで更にエスカレートするタイプだった。あれが欲しいこれが欲しいと言って、手に入ったらもっと欲しくなる。母は林檎を入れるのをやめてくれたけど、私は他の果物でもぬるくなったら食べたくなくてかなり困らせた。幼稚園の先生は必ずお弁当に果物を入れるように要求するし、娘は食べたくないと言う。母が出した結論は缶詰のフルーツ(それも、私が好きな蜜柑とかパイナップルだけ)を毎日入れる事。だから私はみんなが可愛らしい苺とかうさぎさんの林檎とか食べてる時に、汁漏れした缶詰の蜜柑を食べていた。昔からそういう子だった。
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