忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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とある緑の茂る丘で

人生が私をどこかへ押しやろうとする。

泣き声が聞こえた。遠く遠くから、泣き声が聞こえた。ああ助けなければと私は思い、その声のする方向へ泳いで行こうとする。しかし人生はそんな私の気持ちと裏腹に私を後ろへ押し流そうとする。前へ前へ、後ろへ後ろへ。上手く進めず、溺れるように水を飲んでしまう。泣いている、誰かが泣いているんだ。私はそこへ行き着きたいのに、人生はそれを許さずに私を後ろへと流そうとする。

次に目を覚ました時には私は柔らかな木の下にいた。暖かいが、日差しの無い曇天。木は細く細く、曇天に突き刺さるように伸びている。風も無いのにしなり、私の腹へ胸へ顔へ、不規則な影を投げかける。泣き声をぼんやりと思いだした。もう既に泣き声は聞こえなくなっていた。私が遠くへ流されて、もう泣き声が聞こえなくなってしまったのか。それとも私の知らないうちに泣き声も押し流されて、私を追い越して消えてしまったのか。いずれにせよもう泣いていなければいいのだけど。木がしなる。揺れる細い葉を見ながら、私は何を思えば良いのかを考えた。こういう時、人間は何を考えたら良いのだろう。正解など無いのは分かっている。しかし、正解を求める。

ここはどこなのだろう。私はどこへ流されたのだろう。人生は質量のある勢いで私を押しやって、そのままどこかへ消えたのだろうか。私は今どこにいるのだろう。ここにいるのは私なのだろうか。そうだとしたら私の人生はどこへ行ったのだろう。どこへ。

ぽつり、雨が降り始めた。決して大降りではないが、しかし着実に私を濡らしていく。このまま仰向けに空を見ていたら全身濡れてしまうと思い私は立ちあがる。辺りを見渡す。私の屋根になってくれそうなものは無かった。やれやれ。天に向ける表面積を狭くして耐えるしかないか。そう思ってもう一度辺りを見る。すると先ほどまで柔らかにしなっていた細い木が、同じく細かったはずの葉を大きく開いて、堂々と立っていた。まるで自分に振りかかる雨粒を全て受け止めようとしているかのように、葉を広げ、揺らぎもせずに真っ直ぐと立っていた。私は驚いたが、慌てて木の下へもぐった。雨は降り続けている。しかし私はもう濡れない。

雨が止んだ途端、また木はしなしなと揺らぎ始めた。不思議な木だ。もしかしたらこの何も無い場所で生き残る為に身に付けた能力なのかもしれない。ここではどれくらいの頻度で雨が降るのだろう。誰かに聞こうと思っても誰もいない。私はこの不思議な木と二人、人生に流されてこの何も無い場所に立ちつくす。ここはどこなのだろう。私の人生はどこへ消えたのだろう。

それから数日が過ぎる。私は相変わらず、何も無いこの場所にいる。時に木の下で睡眠をとり、雨が降れば木の下で立っている。たまに辺りを歩き回るが、特に収穫は無かった。不思議と空腹感は無く、違和感を感じられない事に違和感を感じてしまうほど、自然な形で生きた。雨は一日に二回ほど降る。その度に木は葉を開いて、一滴たりとも逃さないように雫を受け止める。

川は盛大な勢いで流れ、海へ飛び出そうとする。その中に溺れてしまった全てを巻き込みながら。そして日差しの元、天へ上る川は、ある時冷えて地に降り注ぐ。押し流された私は水を恐れ、逃げまどう。しかしこの細い木は、恵みの雨、と全てを抱き締める。私は人生により失われ、人生は私に戻る術を無くす。しかし世界はそんな人間たちの人生を糧に、命を燃やし続けるのだった。

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