忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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いつも私は私を追いかけていて

書くことを砦と呼んだ若き日の自分の感性にふと気付き驚く夜。当時複数のブログを持っていて、それぞれに砦としての機能があったのだけど、その内の一つは更に「最後の砦」だった。ブログが砦だったけれど、それは場所的感覚ではなく、その場所で行われる行為的感覚の言葉だったと思う。そこで書ける何か、そこで何かを書ける、そういう。今もそういえば、ツイッターのアカウントは複数持っていて、その内の一つは明らかに当時の「最後の砦」を引き継ぐようなものだと思う。そこでしか書けない何かを書くことを許してくれる場。それを発散する、発する、そのこと自体が意味を持つ。若き日の自分、悪くないなあ。

 

ここにはそれこそ、若き日の自分の感性がこれでもかと詰まっている。恥ずかしいほどに。でも、手放せないほどに。いつも言うように、あの頃ほどもう私は新鮮な何かを持っていないから、きっともう生み出せない言葉がたくさんある。でも、知らぬ間にリンクを感じるなあ。文学について考察していても、きっと感じたことの全く無い感覚は思いつけないのだと思う。自分には無い発想は、発想出来ないというか。砦の感覚について最近ずっと研究の一環として考えていたのだけど、ここにその発想があったのか。びっくりした。一生懸命自分を見ていたような気分だ。

 

ああ、今日は長く書く日じゃないな。ここらで切ろうか。ぽつりと急に文章が止まってしまった。この不思議な感覚だけ、言葉にしておきたかった。思い出すように気付くこともあるし、気付くように思い出すこともある。そういう話。

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