忘れ物をしたよ 昨日に
それを明日 探しに行くよ
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あなたの光を孕んだ瞳の色が好き
無色、という漠然とした色について考える。
透明じゃなくて無色。名も無き色。

若干間抜けな例えをするならば、母の白髪。それは白髪である以上は白いのだけど、でも私はそれを抜きながらその細い白を無色と呼びたくなった。不出来な娘とどこか緩い息子を育てた母の老いを感じながら、その無色の糸を捜しては抜いた。あの生命力の欠片も無い白は、白という名を背負う力さえ失っているように見えた。いつしかその名をどこかで置いてけぼりにして、母の白髪は無色になった。

水も無色だ。透明としての無色ではない。紙の上で水色に描かれるその液体は、寧ろ名を背負いすぎて名を失った。大体本来透明のものの名を借りて「水色」と最初に言った人は誰なのだろう。そのある種繊細である種図太い命名により、描かれる水は水色を手に入れた。あるいは水色は水を手に入れた。水は世界に放たれる光を受け止め、一部を溶かし込み、一部を羽ばたかせ、そして「水色」と呼ばれる。透明の中にあらゆる色を含み、それでも本来の透明を貫く、それは最早ありとあらゆる色であり、一回りして無色である。

水と同じような理由で空も無色だと思う。「空色」はただの空気の地上から上の部分を名前に貰った色である。しかも空色の場合、一定の時間帯のみを指す。朝夕の茜色も、宵の群青も、それぞれは色として独立していて空色の称号は得ない。空は、宇宙の闇とも光ともいえる世界をやわらかく私たちに与える。その伝達に挟まれた色を、私はあえて無色と呼ぶ。

普通の、というのはあまり適切ではないだろうが、空気は無色と呼ばない。あれは透明だ。私にとって無色という色は、古典で言うあはれの情を含むものであり、空気に対して特に思い入れが無いからだ。強いて言うならば、欠乏すると尋常じゃなく苦しいものであり、思いの外吸い込むのが大変なものであるというくらいである。私の目と手とキーボードの間にも入り込んでいる、それはどこにでもある。果たして真空とはどういう世界なのだろうか。初めて真空状態を作る事に成功した人はどのようにしてそれを確かめたのだろう。ラットでも放り込んだのだろうか。何にせよ、空気を私は無色としない。もしお目にかかることがあれば、真空が無色か否かはその時に決めよう。

肌の色も髪の色も瞳の色も、天然に出来ているものは無色なのではないか。爪も唇も。それは完全に一緒の色を見つけ出せない以上は名をもてないのではないか。不等式X<3で最も3に近づいた最大の未知数Xをいつまでも追求できるように、青にどこまでも近い瞳をした少女の瞳はしかし、青という一言で片付けるわけにはいかないだろう、ユニークな色をしているはずだ。まして絵の具にある肌色とは誰の色なのか。もしAという人間が実際に絵の具のモデルとなる肌の色をしていたとしても、そのAが日の下に出たら肌色の肌ではなくなるのではないか。きっといつまでたっても最良の近似値でしか呼ぶことの出来ない固有色は、まさしく名づけられない色をしていて、その意味で無色であると言える。

微細な粒子の世界に飛び込んでしまえば、すべての色は名づけられなくなるだろう。人間はそれでは不便だと、大きな分類をして色に名をつけた。赤のような色をした、赤というグループ。青のような青たち。あえてそこから引きずりだしてやりたいのが無色に分類されるグループだ。それぞれのユニークに対して敬意と慈悲を示して、無色と呼ぼう。
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